2011年7月17日日曜日

モルガンSから独立へ、天才が率いる成績20%超のクオンツ取引チーム

7月7日(ブルームバーグ):ニューヨークのグリニッチビレッジのカフェ・ビバルディで、ピーター・ミューラー氏はピアノの腕を披露する。キャロル・キングのなじみのメロディーからバン・モリソンやキャット・スティーブンス風の自作自演までレパートリーは豊富だ。

  「It’s not the same anymore」「I’m still lookingfor myhome」と同氏は歌う。聴衆はカップルでハウスワインを飲みながら礼儀正しく拍手する。10ドルのチップをバケツに入れる客もいる。

  40ブロックほど北でダッフィースクエアを見下ろす42階建て高層ビルで、ミューラー氏(47)はもっと手厳しい人々を相手にしている。同氏はウォール街で最も大切に守られている秘密のトレーディングマシンを作り出した数学の天才だ。ブルームバーグ・マーケッツ誌8月号が報じた。

  ミューラー氏は米証券大手モルガン・スタンレーのプロセス・ドリブン・トレーディング(PDT)グループを創設し、億万長者になった。グループでは約70人の博士号取得者やコンピューターの使い手がアルゴリズムを多用したプログラムを用いて世界市場での価格のかい離を見つけてはモルガン・スタンレーの自社資金を投資している。

            好奇と羨望

  グループは外部投資家から出資を受けていないので、ミューラー氏はPDTの戦略と運用成績を秘密にしている。このせいでPDTはライバルたちの好奇と羨望(せんぼう)の的だ。GMO(ボストン)のアージュン・ディベカ会長は、ミューラー氏が「モルガン・スタンレーのために巨額の利益を上げていることは知られているが、その方法は誰も知らない」と話している。

  ミューラー氏は秘密主義を悪いなどとは思っていない。「われわれが何をしているか競争相手には何一つ知らせたくない」と話す。同氏の角部屋のオフィスには妻のジリアンさんと2人の子供たちの写真が飾られているほか、何年も前に「引退」させた使い古したスノーボードもある。

  吟遊詩人でヨガに熱心、数学オタクのミューラー氏はモルガン・スタンレーの幹部らしくない。身長178センチ体重73キロの同氏は太陽と水と山を示すアメリカ先住民のシンボルをかたどった手作りの銀のお守りを首にかけ、独特の呼吸法を持つアシュタンガ・ヨガをたしなむ。ポーカーのチャンピオンで、1年に何回か米紙ニューヨーク・タイムズのためにクロスワードパズルを作り、オンラインで熱心なファンを集めている。

          平均リターン20%

  1993年のPDT開始から2010年末までの年間平均投資リターンはプラス20%以上と見積もられると、グループに近い関係者が述べた。自己勘定トレーディング部門のPDTはヘッジファンドと会計手法が異なるが、概算リターンは調整済みでヘッジファンドとの比較が可能だ。

  ヘッジファンド・リサーチ(HFR、シカゴ)によれば、1993年7月1日-2010年末までのヘッジファンドの平均成績は年プラス10.4%だった。

  関係者によると、PDTはシャープレシオ(リスクに対するリターン)が3-4という記録を打ち立てた。リスク調整後ベースのこのリターンで、PDTはS&P500種株価指数の10倍を達成した。同じ期間のS&P500種の年間上昇率は約8%だった。

  コンサルタント会社ケーシー・クワーク・アンド・アソシエーツ(コネティカット州ダリエン)のパートナー、ダニエル・チェレギン氏は「すごい。クオンツ運用者の中でトップクラスだ」と感心する。

            規制改革

  モルガン・スタンレーに20年近く在籍したミューラー氏は今、独立しようとしている。大恐慌以来の大規模な金融規制改革がこの時期を早めた。金融機関はPDTのような自己勘定取引のグループを分離または閉鎖している。10年7月に成立した金融規制改革法(ドッド・フランク法)や消費者保護法が理由だ。

  金融規制改革法に盛り込まれたいわゆるボルカー・ルールは銀行が自己勘定取引事業を行内に保持することを禁じ、ヘッジファンドやプライベートエクイティ(未公開株)ファンドへの自己資金投資を中核的自己資本(Tier1)の3%までに制限している。そのような ファンドを、3%を超えて保有することも禁じられる。

  ゴールドマン・サックス・グループは10年の年次報告書で自己勘定取引部門のロングショート・ポジションの大半を解消したこと、グローバル・マクロ・グループでも解消を進めていることを明らかにした。モルガン・スタンレーは今年3月に、06年に買収したヘッジファンド会社のフロントポイント・パートナーズのスピンオフ(分離)を完了した。バンク・オブ・アメリカ(BOA)は4月に、主なプライベートエクイティ(未公開株)事業を同事業経営陣に売却する計画を明らかにした。

            スピンオフ

  PDTの番が来た。モルガン・スタンレーは1月に、PDTを12年末にスピンオフすると発表。PDTを別会社とし、新会社の優先株ポジションを購入するオプションを保持するという。購入の条件は明らかにしていない。

  何十年もの間、自己勘定取引部門はモルガン・スタンレーなど投資銀行の事業の中心を、助言や引き受けからトレーディングへと転換させてきた。これら金融機関は巨額の自社資金を賭けて売買する取引エンジンとなった。株式非公開の共同経営体だった各社が公開企業となった時、自己勘定部門は株主の資金を使って賭けをするようになった。

  2000年代の半ばには、このような自己勘定トレーダーらが爆発的に拡大する債務担保証券(CDO)市場の中心になっていた。こうした商品は信用バブルを膨らませる燃料の役割を果たした。バブルは最終的に破裂し、爆風はベアー・スターンズ、リーマン・ブラザーズ・ホールディングス、アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)を吹き飛ばした。

             利益

  金融機関が自己勘定取引に幕を下ろすとともに、利益は低下するかもしれない。モルガン・スタンレーは08年にレバレッジ引き下げなどによりリスクを減らし始めた。以来、同社の債券トレーディング収入は低迷している。今年1-3月(第1四半期)の同社純利益は前年同期の17億8000万ドルから45%減少した。各社は概して、自己勘定取引による収益を特に公表しないが、ゴールドマンは昨年、大半の年で収入の10%程度だとしていた。

  このような利益の原動力を失うことは、デリバティブ(金融派生商品)やデビットカードをめぐる金融規制改革法の他の制限に加えて、今後数年の金融機関のリターンを低下させるだろうと、ポーテールズ・パートナーズのアナリスト、チャールズ・ピーボディ氏は言う。

  同氏は「金融規制改革法はその累積効果によって予想リターンを低下させる」として、「ほぼ全ての事業が何らかの制限を受ける」と話した。

  モルガン・スタンレーの広報担当、マーク・レイク氏はPDTについてコメントしないと述べた。

             戦略

  モルガン・スタンレーの元従業員らによると、PDTは主に、スタティスティカルアービトラージ、もしくはスタット・アーブと呼ばれる統計的分析に基づく取引で利益を上げている。ある銘柄がそれまでの取引履歴に照らして一時的に割高になっているとみられると、PDTはこの銘柄を空売りする一方で割安銘柄を買い持ちにする。

  12銘柄の石油サービス会社株のなかである日、6銘柄が値上がりし、6銘柄が下がっているとする。この流れはある時点で反転する。この瞬間を正確に見抜くことが、PDTの取引の難しいところだ。

  事情に詳しい関係者2人によると、PDTは誕生以来、成績がマイナスになったことは2四半期しかない。通期のマイナスはないという。

            通期はプラス

  ミューラー氏はクオンツファンドが壊滅状態に陥った07年8月、PDTのかじ取りをしていた。当時はレバレッジを利かせ過ぎたヘッジファンドやその他の投資家が4日の間に数十億ドルを失った。PDTもモルガン・スタンレーの自己勘定部門内の他のグループとともに1日で3億9000万ドルの損失を出した。同社の届け出が示している。しかしPDTは持ち直してプラスの成績で年を終えたと、同グループに近い関係者らは述べた。08年10-12月(第4四半期)も世界的な信用危機の中で大きな損失を出したが通年はプラスだったという。

  390億ドルを運用するクオンツ投資会社、AQRキャピタル・マネジメントの共同創業者、クリフォード・アスネス氏はミューラー氏について、「素晴らしく頭がいいと思う」として、「PDTは最高の会社になるだろう」と述べた。

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