2011年2月27日日曜日

HSBCに再び「見誤り」リスク-アジアに軸足戻す時期は遅過ぎたか

2月25日(ブルームバーグ):英銀HSBCホールディングスのインド部門責任者、ナイナ・ラル・キドワイ氏は、同国で急増する中間所得層への融資を通じて利益を拡大する計画が頓挫した時のことを鮮明に覚えている。

  あれは2008年2月のことだった。負債で身動きが取れなくなった農業従事者の救済を図ろうと、シン首相が国内の銀行に農家向けの融資計150億ドル(約1兆2400億円)を帳消しにするよう突如命じたのだ。この債務免除に触発され、HSBCの顧客も含めたあらゆる社会階層の借り手が、強引なローン回収業者に対する政治家の批判の強まりにも乗じて、債務返済の責任を放棄し始めたのだという。

  キドワイ氏(53)の消費者向け部門は結局、08、09年の2年間で3億7400万ドルを失った。クレジットカード利用者と小口資金の借り手が支払いをやめたためで、同行インド部門の09年の利益はほぼ半減したと、ブルームバーグ・マーケッツ誌(4月号)は報じる。同氏は「突然、ローンを返済しなくてよくなったのだから、銀行業界全体が苦境に陥った」と、ニューデリーの中心部にある10階建てビルの1階にあるオフィスでコーラを飲みながら、当時を振り返った。

  HSBCは一見、アジアの急成長に伴う痛みには無縁に見える。同行は1865年に設立された香港上海銀行が母体。現在は中国に進出している海外金融機関の最大手であり、インドでも有数の規模を誇っている。さらなる成長を目指し新興市場重視の姿勢を取っているが、これまでに数々の挫折や規制のハードルに直面した。キドワイ氏がインドで経験した悪夢はその一例にすぎない。

           重要な20年間に回り道

  HSBCは、インドが海外投資家に経済を開放した90年代と、中国が経済大国へとのし上がった2000年代というこの重要な20年間、アジア以外に目が向いていた。同行は1993年に本社を香港からロンドンに移転。時価総額で欧州の銀行最大手となった。

  そして03年には、サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)を手掛けるハウスホールド・インターナショナルを155億ドルで買収し、米国に進出。これは後に悲惨な結果をもたらした。07年に米住宅市場が崩壊し始めると、HSBCは北米事業の損失引当金として580億ドル余りを計上する羽目となった。

  JPモルガン・チェースで日本を除くアジアの株式とアジアの銀行・金融サービスの調査責任者を務めるスニル・ガーグ氏は、HSBCが「過去10年間にわたる米国進出によって、アジアでのチャンスを逃した」と指摘する。

             難題の克服目指す

  このような回り道を経て、HSBCは現在、新興市場国で最も潜在的な魅力を秘めたインドと中国で、難題の克服に努めている。中国は単一の海外投資家による銀行の持ち分の上限を20%に規制し、インドは新たな支店の認可に消極的なことなど、事業の成長を阻む多くの規則が存在する。またインフレ進行も利益にはリスクだ。さらに米銀シティグループや英スタンダードチャータード銀行などとの競争で、ローン金利や投資サービスの委託手数料を一定以上に引き上げることができない。

  HSBCのマイケル・ゲーガン前最高経営責任者(CEO)はCEOを退任する少し前の昨年11月5日の電話会議で、「新興市場が改善の一途をたどるとの見方をすべきではない」と述べた。競争に加え、香港と中国の不動産価格上昇が難題の一部だとも指摘した。ただ、「新興市場の長期的なファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)には従来通りの魅力があると考えている」とも付け加えた。

  同行の取締役会は、投資銀行部門責任者だったスチュアート・ガリバー氏(52)をゲーガン氏(57)の後任に選んだ際、新興国重視を表明。ガリバー氏はCEO就任後直ちに、同行のアジアにおける歴史や87の国・地域に進出している実績を活かす戦略に立脚し、アジア優先の方針を打ち出した。

           投資家はアジア重視を歓迎

  投資家らはこの戦略を大歓迎。HSBCの株価は09年3月9日の304.1ペンスから、今月23日には696.8ペンスと2倍以上に上昇した。同行株はロンドンと香港で取引されているが、年内にも上海上場を果たしたい意向を幹部らは示している。

  米投資会社ナイト・ビンケ・アセット・マネジメントのマネジングディレクター、デービッド・トレンチャード氏(ロンドン在勤)は「われわれはHSBCのアジアへの動きを歓迎してきた。これは当社がずいぶん前から求めてきたことだ」と語った。

  HSBCは、キドワイ氏のインドでのリテールバンキングでの経験を教訓に、現在はアジア全域の富裕層をターゲットにしている。バンク・オブ・アメリカ(BOA)メリルリンチとキャップジェミニが昨年6月に発表した調査によると、インド国内で投資可能な資産を100万ドル以上保有する人口は09年に51%増加し、12万6700人となった。中国の同人口も31%増の47万7400人となっている。HSBCは、10年までの4年間で中国の支店・店舗を3倍に増やし107カ所とした。また中国の銀行2行への出資も拡大している。

            富裕層顧客を呼び込む

  HSBCの中国事業の責任者、ヘレン・ウォン氏は同行が持つ世界的なバンカーのネットワークの利用を提案することで富裕層顧客を呼び込んでいる。同行は、昨年1-4月期に中国本土顧客のため米西海岸に4万口座を開設した。HSBCの香港タワーから徒歩わずか10分のパシフィック・プレイスには、スタイリッシュなファッションに身を包んだ男女がプラダなどのショッピングバッグを抱えて歩いている。香港では、クレジットカードで買い物をする中国人がますます増えている。

  だが、メディオバンカのアナリスト、クリストファー・ホイーラー氏(ロンドン在勤)は、香港の好景気について、いったんインフレの抑えが効かなくなるとHSBCの事業も鈍化させる可能性を示唆していると指摘する。同行のアジア太平洋地域責任者、ピーター・ウォン氏も、北京や広東など中国の都市での賃金や食品価格、不動産価格の上昇が最も懸念されると語った。

  HSBCは前回の大きな世界的なシフトの際、投資時期を見誤るというミスを犯した。サブプライム危機の前に住宅融資を手掛ける企業を買収し、多額の損失を被った。現在は再びアジアへと軸足を戻し、過熱している同地域に投資しているが、最終的には冷え込みを迎えるかもしれない。そうしたリスクに再び直面している恐れがある。

0 件のコメント: