6月8日(ブルームバーグ):商品相場の変動に乗じて利益を上げるヘッジファンドの運用担当者として、ジョン・バーバンク氏は5月の1週目ほど、うまくいったことはないだろう。
原油や金属など資源価格は2年ぶりの大幅下落を記録した。中国やインドのインフレ率上昇や中東・北アフリカの政治混乱を受けて投資家が新興市場投資を敬遠したためだ。ただ、バーバンク氏にとって相場下落はチャンス。サウジアラビア市場への投資をさらに増やす考えだ。ブルームバーグ・マーケッツ誌7月号が報じた。
リビア情勢やシリアでの反政府デモに加え、バーレーンでのデモ鎮圧に向けたサウジの部隊派遣決定を知って投資を中断する動きもあるが、バーバンク氏は違う。パスポート・キャピタル(米サンフランシスコ)の創業者で最高投資責任者である同氏は、サブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローン資産の空売りで2007年にネットベースで220%のリターンを上げて名を成した。
同氏の見立てではサウジの政権転覆や原油相場暴落の可能性はほとんどないということだ。08年まで外国人投資家の株式購入を認めなかった閉鎖的なサウジが市場を開放した際には、石油資源が豊富なサウジへの投資に着手する時だと判断。石油化学会社や銀行、建設会社の上場銘柄に加え、ヘルスケア関連会社の株式まで取得した。サウジ投資は、5月時点でバーバンク氏の旗艦ファンド「グローバル・ストラテジー」(運用資産21億ドル=約1700億円)の約11%を占めている。
原油があるという現実
顎いっぱいにひげを蓄え、エリート資産運用担当者というより港湾労働者の風貌に近いバーバンク氏(47)は、「サウジに原油があるという前々からの現実は、今回の危機でも変わらない」と語る。「サウジ投資に積極的なのは、割安で高い成長率や資本利益率(ROC)の上昇が見込まれ、かつそれが何年にもわたって続く公算が大きいためだ」と説明する。
こうしたサウジ投資は、世界の資源不足に目を付け非伝統的手法を駆使することに長けたバーバンク氏にぴったりの運用方法だ。2年間上昇してきた商品相場は4-6月(第2四半期)に入って低迷したが、新興国の発展に伴いほとんど名もない資源会社が今後数年間に「金のなる木」に変貌すると予想する。
バーバンク氏は投機の動向で相場にゆがみが生じやすい商品自体の取引にはほとんど関心がない。その一方で、石油タンカー運営会社など商品需要が着実に拡大する限り成長が見込める企業の割安な株を購入し、10倍の投資リターンを上げたい考えだ。
カザフスタンのカリからモザンビークのコークス用炭まで需要が高いさまざまな資源の鉱脈を発見する小企業を発掘することも忘れない。
発掘能力
投資家はバーバンク氏のこうした「発掘能力」の恩恵にあずかっている。パスポートの投資家から取得したデータによると、グローバル・ストラテジーは2000年8月の運用開始以降のリターンがネットベースで年間23.6%。HFRXグローバル・ヘッジファンド指数はこの間に4.3%上昇、S&P500種株価指数は0.6%上昇にとどまる。
鉱物資源の新たな鉱脈を求めてしのぎを削るオーストラリアや中国、インドの多国籍企業に先んじようと、バーバンク氏の行動は素早い。出資する企業から採掘資源をこれら大手企業が購入してくれれば大きな分け前を得られる。もっと良いのは企業自体を買収してもらうことだ。
07年にパスポートはモザンビークでコークス用炭開発を手掛ける豪リバーズデール・マイニングの株式取得を開始。掘削がまだ始まっておらず7億9900万ドルの損失を出していたにもかかわらず、10年の時点でリバーズデールはパスポートの保有資産で最大の比率を占めた。
賭けは奏功した。英豪系鉱山会社リオ・ティントは昨年12月6日、リバーズデールに34億ドルの買収案を示し、その後、提示額を40億ドルに引き上げた。同社の株価は10年に138%上昇し、グローバル・ストラテジーが18.2%のリターン(経費計上後)を実現するのに寄与した。パスポートは今年1-3月(第1四半期)、保有株の大半をリオ・ティントに売却した。
損失も経験
もっとも、パスポートの投資家はこの10年間に二重の損に見舞われた。08年、世界的な信用収縮が新興市場株式にいかに影響を及ぼすかを軽くみたために、バーバンク氏は自分の会社を失いかけた。資源株をめぐって長期的な強気の投資が報われると確信し、市場でそうしたポジションの解消が相次いだ時でも買い増した。
バーバンク氏は09年2月の顧客への報告で、「金融危機から生じる経済危機についてもっとうまく予想できていたら、より大規模な売りを仕掛けただろう」と語り、「魅力的な水準とみなした銘柄を買いたいという気持ちが先に立った」と釈明している。08年の運用成績はマイナス51%と、HFRX指数(23%低下)の2倍強の損失となった。
大きな賭け
ヘッジファンドの投資家向けコンサルティング会社エイジクロフト・パートナーズ(バージニア州)のマネジングパートナー、ドン・スタインブルッゲ氏は「パスポートはかなり大きな賭けをする。投資を任せる場合、パフォーマンスが変動することは理解しておく必要がある」と警告する。
バーバンク氏の投資戦略は今年、重大な試練を迎えている。09年と10年に中国やブラジルなど途上国に流入した資金は今年に入って流出に転じた。米エマージング・ポートフォリオ・ファンド・リサーチによると、6月7日までに新興市場株式ファンドから77億ドル強の資金が流出した。中国の3月の消費者物価は5.4%上昇、3カ月連続で政府目標を上回った。中国やインドの中央銀行はインフレ抑制に向け利上げを進めており、資源の買い手である両国の経済成長に陰りが出そうだ。
極めて大きいリスク
アーテミス・ウェルス・アドバイザーズの投資責任者、ピーター・ラップ氏はバーバンク氏の投資について「リスクが極めて大きい」と警鐘を鳴らす。「私は顧客のすべてに中国やインド、ブラジルから投資マネーを引き揚げさせた」と語った。
バーバンク氏は、FRBの6000億ドルの米国債購入計画終了で、年内に商品関連証券が一段と売られるのではないかとみている。量的緩和第2弾(QE2)と呼ばれるこの計画はドル安の要因となり、インフレヘッジとして商品投資を促したとみている。
パスポートの投資家によると、グローバル・ストラテジーは5月以降、保有する商品関連資産を縮小するなどして、純資産価値の1-2割を現金に充てている。「流動性ショックの間は商品に過剰に投資したくない」と語るバーバンク氏は、いったん市場が底入れしたら、お気に入りの銘柄を安く購入するつもりだ。
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