2011年5月29日日曜日

ゴールドマンも信頼した聡明な慈善家、ガネーシャ神には祝福されず

5月27日(ブルームバーグ):2003年6月のある晴れた金曜日の午後、ラジャット・グプタ氏(62)は米コネティカット州ウェストポートの水辺の自宅でマッキンゼーの同僚たちに囲まれていた。彼らはロンドンやフランクフルト、ニューデリーなど世界中からやって来た。彼らは連れてきた象を庭先につないだ。

  グプタ氏は9年間マネジングディレクターを務めたこのコンサルティング会社を退社しようとしていた。同僚のパートナーたちは同氏の新たな門出を祝福するため集まったのだった。

  一同はシャンパンで乾杯し、美しい布で飾られた象と並んだグプタ氏の写真を撮った。象はヒンズー教のガネーシャ神の象徴だ。新たな門出に幸運をもたらすとされている。グプタ氏は像の鼻に触れながらほほ笑んだ。ブルームバーグ・マーケッツ誌7月号が報じた。

  この時一緒に乾杯した人たちは今、非常に驚いていると口々に言う。米証券取引委員会(SEC)は今年3月、グプタ氏に対する行政措置を講じた。同氏が機密情報をヘッジファンド運用者のラジ・ラジャラトナム被告に漏らしたためだとSECは主張した。これは米史上最大のインサイダー取引事件だ。

  ラジャラトナム被告は今月11日、共同謀議や証券詐欺など14の罪状で有罪の陪審評決を受けた。7月29日の判決では、禁固19年が言い渡される可能性がある。

盗聴記録

  当局による盗聴や電話の記録で、グプタ氏が2008、09年にラジャラトナム被告に電話で9回にわたり情報を漏らしていたことが判明。ラジャラトナム被告のヘッジファンド、ガリオン・グループはこの情報に基づき取引した。

  グプタ氏はコネティカット州の自宅のほかにニューヨーク・マンハッタンのマンションとフロリダ州の別荘を行き来して暮らしている。ただ、同氏の「二重生活」は住居ばかりではなかった。

  世界で最も信頼され高い権威を持つコンサルティング会社に34年勤め、退社した07年までの最後の9年間はマネジングディレクターだった。

  米ゴールドマン・サックス・グループのロイズ・ブランクファイン最高経営責任者(CEO)を含む経営者らの相談相手であり、同社を含め6社の公開企業の取締役を務めていた。

          聡明で謙虚な慈善家

  慈善家でもあり、教育や医療のために多額の資金集めもした。特に出身地のインドのために貢献した。マイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏やビル・クリントン元米大統領、インドのシン首相らとともに活動したこともある。友人たちはグプタ氏のことを聡明で謙虚と形容する。

  秘密保持の堅さで知られるマッキンゼーで、グプタ氏は自分の秘密も隠していた。マッキンゼーのマネジングディレクター、さらにシニアパートナーとして勤務する傍ら、個人でコンサルティング業もしていた。サイドビジネスはマッキンゼーで禁じられている。

  マッキンゼーの元パートナーで機密情報をラジャラトナム被告に漏らしたとして有罪を認めたアニル・クマー被告とグプタ氏は、自分たちのコンサルティング会社を設立していた。グプタ氏は個人でもインドの会社にアドバイスしていた。いずれもマッキンゼーの社内規則違反だ。

              踏み外し

  マッキンゼーのパートナーで広報担当役員のマイケル・スチュアート氏は「社員が会社業務以外で個人として金銭を受け取りコンサルティングやアドバイスのサービスを提供することは常に、当社の専門職としての価値と基準に明らかに反する行為だ」と説明した。

  グプタ氏は10年前に既に大金持ちだったにもかかわらず、道を踏み外し始めた。ウォール街の運用者たちと多くの時間を過ごすようになり、コンサルティングだけでなく、自分で金融案件を手掛ける仕事をしたいと同僚に語るようになった。グプタ氏はこの記事に関連してコメントを拒んだ。

  グプタ氏はインドのために慈善事業をしながら、自身の富を膨らませる欲望によって善悪の判断を失っていったと、グレート・レークス・インスティチュート・オブ・マネジメント(インド・チェンナイ)のバラ・バラチャンドラン学部長は指摘。グプタ氏は「億万長者の生活を望み、短時間で大金持ちになる道を探し求めた」と語った。

           間違った仲間選び

  企業経営者たちに助言する立場のグプタ氏だが、自身の共同経営者選びでは間違った。

  マッキンゼーで定年を迎えるまであと2年となった2006年12月、グプタ氏はプライベートエクイティ(未公開株)投資会社、ニュー・シルク・ルート・パートナーズを他の投資家とともに設立したが、共同創業者のうち3人はSECに制裁金を払った過去があった。

  その1人がラジャラトナム被告だった。同被告のガリオンは05年5月に制裁金200万ドルを支払うとともに、利益を返還してSECと和解していた。SECは不適切な取引を指摘していたが、ガリオンは不正を肯定も否定もせず和解した。

  バラチャンドラン氏は事業パートナーの選択についてグプタ氏に警告していた。「あなたはワシなのに、なぜ飛べないニワトリたちと交わるのか。鳥インフルエンザを移されるよ」とバラチャンドラン氏はグプタ氏に忠告したという。

            長い付き合い

  グプタ氏はガリオンのインサイダー取引事件で訴追されてはいない。SECの処分は民事で、最悪でも制裁金の支払いや米国の公開企業の取締役就任を禁じられるだけだ。

  グプタ氏とラジャラトナム被告は1990年代からの知り合いで、個人的にも仕事面でも付き合いがあった。グプタ氏は個人の資金1000万ドルをラジャラトナム被告のファンドに投資していたと、グプタ氏の代理人、ゲーリー・ナフタリス弁護士が明らかにしている。しかし、グプタ氏がラジャラトナム被告に渡したのは金だけではなかった。取締役を務めていたゴールドマンやプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)についての情報も流していたと、ラジャラトナム被告の裁判で検察側が主張した。

  検察側はグプタ氏を起訴されていない共謀者と呼んだ。検察はラジャラトナム被告の裁判で、グプタ氏が08年にゴールドマン取締役会がアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)かワコビアを買収する可能性について協議したことをラジャラトナム被告に伝えていた内容の盗聴データを証拠として提出した。

             決算内容も

  SECによると、グプタ氏はゴールドマンとP&Gの決算内容も発表前に漏らしていた。

  グプタ氏は自身が設立に関わったインディアン・スクール・オブ・ビジネスの取締役会への2月下旬の電子メールで身の潔白を主張。「私は何ら不正を行っていない。SECの主張は全く根拠がない」と述べている。

  マッキンゼー出身者らはSECによるグプタ氏への処分に動揺を隠せない。03-09年にグプタ氏の後任のマネジングディレクターを務め現在は英BPと米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)の取締役のイアン・デービス氏は、「ショックを受けた。グプタ氏が疑いを持たれていると聞き、とにかく驚いた」と話した。

  米ゴールデンゲート大学の経営大学院長、テリー・コネリー氏は、グプタ氏は「スーパーリッチ」な人々をねたみ、彼らと張り合うことにとらわれてしまったと言う。元ソロモン・ブラザーズのマネジングディレクターだった同氏は「個人資産額にゼロを3つ以上追加することへの誘惑を決して甘く見てはいけない」と指摘。「成功者であっても、ヘッジファンド運用者らと付き合っていて自分が彼らほど金持ちでないと気付くと、『なぜだ。私だって彼らと全く同じくらい頭がいいのに』と考え始めるものだ」と話した。

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