10月7日(ブルームバーグ):ドル・円相場が1ドル=79円75銭の戦後最安値(ドル安・円高)をつけた1995年4月の「超円高」を独自のチャート分析などに基づき予言した若林栄四氏は、2012年2月に74円前後まで下落すると予想した。巨額の米財政赤字を背景としたデフォルト(債務不履行)懸念による米長期金利上昇とドル安の「パニック」が今から1年後に始まるためだという。
ニューヨーク在住で、東京の投資情報サービス会社、ワカバヤシ・エフエックス・アソシエイツの代表を務める若林氏(67)は都内でインタビューに応じ、来年前半は米国内外で景気減速懸念が後退し、株高・金利上昇に振れるが「恐ろしい局面は夏以降にやって来る」と指摘。景気回復を映した米長期金利上昇が巨額の財政赤字・累積債務の持続可能性に対する不安に転じ、10月ごろから「米国版ソブリン債パニック」に発展すると分析した。米債売り・ドル売りがドル・円相場にも波及し、4-5カ月後に74円前後の「歴史的な大底」をつけると予想した。
米国の金融緩和観測と金利低下を受け、ドル・円相場は6日に一時、1ドル=82円77銭に下落。1995年5月以来の安値をつけた。菅直人内閣が9月15日、6年半ぶりに円売り介入を実施した水準を下抜けた。しかし、若林氏は短期的には「11月上旬までに、せいぜい81円程度」で下げ止まり、戦後最安値は更新しないと予想した。
米国債バブル
2年債と5年債の利回りが過去最低、10年債は2009年1月以来の水準まで低下(価格は上昇)した米国債相場は「完全なバブルだ」と指摘。米国経済が市場の懸念ほどは悪化せず、行き過ぎた金融緩和観測が11月初めの米連邦公開市場委員会(FOMC)や中間選挙の前後で後退する結果、米金利は「11月以降、上昇に転じる」と予想。ドル・円相場は「米長期金利の関数」であるため「来年前半にかけて、90円までは戻れないかもしれないが、いったん上昇する」と述べた。
ドル・円相場の長期的な下落に関する若林氏の分析によると、第1の波はニクソン米大統領(当時)が1971年8月に金とドルの交換停止を発表し、12月のスミソニアン協定でドルが主要通貨に対して切り下げられるまでの360円から、78年10月の177円5銭まで。米カーター政権は翌11月、ドル防衛策を打ち出した。第2波は95年4月の戦後最安値79円75銭まで。最後の第3波が2012年2月ごろにつける74円前後だ。
「相場は3段下げで終わる」と、若林氏は指摘。第2次世界大戦後の国際金融システムを取り決めたブレトン・ウッズ協定(1944年)の下で1ドル=360円体制が固まった49年に起源を持つドル安・円高は約62年間で終えんを迎えると予想した。
26年までドル高・円安
若林氏は、来秋からの米国売りは「実は間違ったパニックだ」とも主張。今春に財政危機に陥ったギリシャなどとは異なり、米国は日本と同様、民間部門が十分に大きく、政府部門を支えることができるためだと述べた。ドル・円相場がいったん大底をつけた後は「猛烈に戻る。100円など、すぐに超えてしまう」と予測。長期的には2026年まで、ドル高・円安基調が続くとの見通しを示した。
ユーロについては、ドル安基調の一環で12年にかけては上昇すると予想。ただ、通貨同盟に必要な「政治統合を果たせず、20年ごろに空中分解するだろう」と述べた。中国の人民元は、日米欧の「民主主義国家と政治的な価値観を共有できない共産主義体制が、国際的な準備通貨になるための最大の障壁だ」と指摘。「経済の問題だけでは律しきれない」と語った。
日銀は「最悪のパフォーマンス」
若林氏は日本銀行は「日本が円高・デフレで20年も苦しんでいるのに、景気への配慮が乏しい」と批判。物価の安定だけではなく、米連邦準備制度理事会(FRB)と同様に「雇用の最大化も使命とするよう、日銀法を改正すべきだ」との見解も示した。
若林氏は、日銀は「過去20年間のパフォーマンスが日本で最悪の公的機関。円高・デフレは日銀の無策・無能の証拠だ」と批判した。「金融緩和が受け身で後手に回りがちだ。優秀な人材を集め、スマートかもしれないが、ワイズではない」と述べた。
こうした組織の体質は「日銀法に原因がある。FRBは物価と景気の両にらみだが、日銀は物価だけだ」と指摘。少子高齢化が進み潜在成長率が低いデフレ色の濃い国では「なおさら、ダブル・マンデート(使命)にしないとおかしい」と強調した。
ドル・円相場が12年に下落局面に転じ、円安が日本経済の緩やかなインフレと景気回復、財政赤字懸念の後退という好循環に入る際には、日銀は「拙速な金融緩和解除といった余計な事を、お願いだからしないで欲しい」と語った。
日銀は5日、追加緩和を実施。政策金利を0.1%から0-0.1%に変更し、物価の安定が展望できる情勢になるまで実質ゼロ金利政策を継続すると表明。長・短期国債やコマーシャルペーパー(CP)、社債、指数連動型上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(J-REIT)などを買い入れるため、臨時に5兆円規模の基金創設を検討するとした。
若林氏は66年、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。1987年から96年まで勧角証券(アメリカ)の執行副社長を務めた。ドル・円相場が140円前後だった90年代前半に「95年4月に1ドル=80円」と予測。79円75銭の戦後最安値を的中させた。その直後には一転、「10年後は1ドル=150円」と予想。時期こそ外れたが、98年には147円台に上昇した。
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