2011年5月4日水曜日

中曽根元首相インタビュー「憲法への政治家の責任感が薄らいでいる」

産経新聞 5月3日(火)22時54分配信

 ■電話で谷垣氏に入閣求めた首相は「軽率」「素人のやり方」

 東日本大震災と福島第1原子力発電所事故への菅直人首相の対応には戦後派の政治家の欠点が出ている。政府は今はそれなりに立ち直ってきたが、首相の緊急事態への対応は遅かった。事が起きてから3日以内には大体すべての対策、方針が打ち出されなければならない。その点が非常に遅れている。要するに指導力がない。

 昭和61年に伊豆大島の三原山が大噴火した。(当時首相だった)私は溶岩流が町に迫ると考え、島民の生命を守るため思い切った処置をしなくてはいけないと全島緊急避難を決断し、指令を出した。政府が要請して官民のあらゆる船を集め、一晩で全島民1万人を本土へ移送した。幸い、溶岩流は手前で止まってくれた。

 菅首相はためらったんだね。緊急事態では、まず首相が決然たる意志で方向性を示すことが必要だ。そういう要素がなかった。科学的なことも含め、菅首相はテレビに出て「心配ない。こうする」「予算もこのようにして必ず用意する」と国民、被災した皆さん、海外に示すべきだった。

 説明が足りないから、国際的に政府の処置が不安だといわれた。国際社会は、日本には実力があるとよく知っている。しかし、そうした実力を発揮させるための指導者の方向指示が欠けていたから、誤解を招いてしまった。

 これからは、復旧ではなく復興の視点で「新しい東北」を建設しなければならない。原発事故は安全を第一に、正確な情報を世界に発信することが重要だ。夏頃をめどに大規模災害の教訓をまとめ、後世に残すことも必要だろう。

 菅首相が谷垣(禎一自民党総裁)君に電話で連立を頼んだのは軽率のそしりを免れない。政党同士が組むには水面下でよほど政策を練る必要がある。政策をめぐる党同士の話がないのに入閣してくれというのは、政党政治を知らない素人のやり方だ。

 今の緊急事態の処理が終われば、内閣の構造変化を考えなければいけないだろう。これは与野党の共通課題になる。国民は転換を望んでいると思う。

 国の基本法である憲法には、非常事態に関する規定が必要だが、現憲法にはそこが欠けている。

 衆参両院には(平成19年8月以来、常設機関として)憲法審査会が法的には設置されている。自民党や公明党は早期の始動を主張してきたが、民主党のせいでまだ委員の選任が行われていない。怠慢で恥ずべきことだ。本来なら憲法審査会で憲法と非常事態の議論が始まっていたはずだ。

 憲法への政治家の責任感が薄らいでいる。特に民主党の幹部はやる気がない。勇気と愛国心のない人たちの集まりだと言わざるを得ない。

 世界平和研究所(中曽根会長)の「憲法改正試案」(17年1月)では、国の独立と安全や国民の生命財産が侵害される恐れがある場合に、首相が全国または一部の地域に、法律に基づいて緊急事態の宣言を行える条項を盛り込んだ。

 その後、自民党の第1次草案(新憲法草案、17年10月)は、有事法制で対応すればいいとの理由で緊急事態の条項を入れなかった。

 私は「(有事法制という)国防上の規定を、震災や原発事故といった大災害に準用するのは無理がある」(18年5月4日付産経新聞)と指摘したが、今回の事態を見れば、新憲法に非常事態規定を整備する必要性がわかってもらえると思う。それも災害による非常事態と、戦争、侵略された場合の非常事態の双方を考えなければいけない。

 非常事態には原発への攻撃も含まれる。国家、国民を守るのが政治の最大の責任なのだから、外国の反応を気にしすぎて政治家がためらうことがこれ以上あってはいけない。(榊原智、佐々木美恵)

 ■なかそね・やすひろ 大正7年、群馬県生まれ。92歳。東京帝大卒。元首相。シンクタンク「世界平和研究所」会長。超党派の「新憲法制定議員同盟」会長。昭和22年から平成15年まで衆院議員(56年6カ月)

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