2010年2月27日土曜日

米国の大物経済学者が警鐘! 「世界経済危機の第二波が近づいている」

2009年10月22日
ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授(元IMFチーフエコノミスト)に聞く

金融危機後の経済運営に苦慮する欧米の政策担当者の間で今、ある本が注目を集めている。800年に及ぶ経済危機の歴史と教訓を探った「THIS TIME IS DIFFERENT:Eight Centuries of Financial Folly」(プリンストン大学刊)がそれだ。著者は、国際通貨基金(IMF)元チーフエコノミストのケネス・ロゴフ・ハーバード大学教授とカーマン・ラインハート・メリーランド大学教授。メインタイトルを直訳すれば、「今回は違う」だが、実際の主張は真逆だ。世界は、言うなれば「今回は違うシンドローム」に囚われ、同じ過ちを繰り返してきたという。その診断が正しければ、今回も危機の第二波が近づいている。ソブリンデフォルト、すなわち政府債務の不履行の津波だ。欧米の経済政策論議に大きな影響力を持つロゴフ教授に、世界経済そして日本経済の行く末を聞いた(聞き手/ダイヤモンド・オンライン副編集長、麻生祐司)。

―主要国による積極的な財政出動や金融緩和策が機能し、世界経済は最悪期を脱したとの論調が広がっている。これは錯覚なのか?

率直に言って、世界経済の先行きを楽観するのは、間違いだ。

 歴史は繰り返すとすれば、今回の大不況の終焉はまだ訪れていない。過去、世界経済は幾度となく金融危機に見舞われたが、多くの場合、危機発生の2~3年後あたりから、ソブリンデフォルト(政府債務不履行)の大波に襲われてきた。

 1930年代の大恐慌の後には、1950年代初めまで世界各地で対外債務、対内債務のデフォルトがずるずると続いた。カーマン(ラインハート・メリーランド大学教授)と私の共同研究では、この間、実に世界の半分近くの国が政府債務の不履行もしくはリスケジューリング(債務返済繰り延べ)に追い込まれたことが分かっている。1980年代初頭のコモディティ相場の崩落もその後、ラテンアメリカ諸国を中心とするデフォルトの増加につながった。古くは、ナポレオン戦争後の19世紀初頭の混乱期にも、多くの国がデフォルトしている。

 カーマンとは、欧州、北米・南米、アジア、アフリカ、オセアニアの66カ国の数世紀に及ぶデータを精査したが、多くの国で金融危機後の3年間で財政赤字が3倍に膨れ上がっていた。周知のとおり、主要国の多くが今、そのコースを辿っている。債務が膨らみ、不況が長引き、その後各地で高インフレや金融逼迫が同時多発した過去と今回だけは絶対に違うと、誰がどうして言い切れるだろうか。

―しかし、たとえば第二次大戦につながった大恐慌時に比べれば、世界経済のガバナンス体制は遥かに進化しているのではないか。主要新興国を含めたG20への対話拡大はその一例であるように思われる。財政・金融政策面での緊急対策を解除する、いわゆる出口戦略への移行タイミングを主要国が見誤らなければ、第二の危機は避けられるのではないか。

誰もが「今回は違う」と願いたい。だが、目の前の現実は、生易しくない。たとえば、米国の最近の債務残高増加ペースは過去に比べて、2倍のペースで突き進んでいる(今年9月までの2009年会計年度の財政赤字は、前年度比3倍超の1兆4171億ドルという史上最悪の水準にまで膨れ上がった)。また、大規模な財政出動をしていない国も、不況に伴う歳入落ち込みが原因で財政赤字が膨らんでいる。

 しかも、出口戦略への移行は、言うは易く行うは難しい。過去のデータを調べて分かったことだが、失業率や一人当たり所得が危機前の水準に戻るまでには、2年どころか、4年の歳月が必要だ。多くの国で失業率は少なくとも今後6~9カ月は上がり続ける可能性が高い。さらなる景気対策を迫られる国も多く出てくることだろう。

―先進国のデフォルトも心配すべきだというのか。

 もちろん、最初に懸念すべきは新興国だが、大国も長期的には心配だ。5年~10年先には、ドイツや米国、英国の債務問題は間違いなくさらに深刻化している。

 そもそも、これらの大国も、通貨価値の引き下げなどを通じて、事実上のデフォルトに追い込まれた過去を持つ。たとえば、米国は1933年に、ドルの価値を金1オンス当たり21ドルから同35ドルに引き下げた。1970年代にも高インフレによって債務負担を圧縮している。政府はデフォルトではないというだろうが、一方的に通貨価値を下げることは、債権者からみれば、債務の不履行に等しい。

ちなみに、日本も過去に何度かデフォルトしている。著書でそう言及したところ、ある日本政府高官から「日本はデフォルトしていない」と訂正を求められたが、データを示したら納得してくれた(たとえば、1946年、預貯金はいったん封鎖され、封鎖預金からの払い戻しは新円で、限度は世帯員1人について100円とされた)。

 デフォルトというと、対外債務ばかりを想像しがちだが、対内債務のこの種のデフォルトまで含めて考えれば、大国の債務不履行はあり得ないとは断言できない。

―ここまで聞いていると、あなたは、昨年来の各国の財政出動が間違いだったと言いたいのか?

 すべての国において積極的な財政出動が絶対に必要だったのかと聞かれれば、そうではないと答えるほかない。日本などは、むしろ増税し、かつ支出を減らし、よりバランスの取れた予算を組むべきだ。ただ、リーマンショックに襲われた当時を振り返れば、世界経済がその後どのような事態に陥るのか確証を持って語ることができた人はいなかった。世界の終りが来るかもといわんばかりの不安が渦巻いていたあのような状況下では、大規模な景気刺激策は道理にはかなっていたとは思う。

 そもそも、私は歴史の教訓を提示することで、財政出動の是非を問おうとしているのではない。危機は長引くことを歴史は告げているわけで、財政出動が必要な国はこれからもそうすべきだ。オバマ政権には、とにかく短い期間に財政政策と金融政策の方針を変更するストップゴー政策だけは取ってはならないとアドバイスしてある。政策担当者に、迫りくるシナリオをきちんと認識してもらい、正しい対策を打ってほしいと切に願っている。

―その正しい対策とは何か。

 まず、現実を直視することだ。現実とは、今後10年以内に、多くの国が、大幅な増税、インフレ、実質的な債務不履行などを経験するだろうということだ。このようなときには、とにかく経済構造改革に全力を尽くすべきである。

私は、最大の懸案は今回の危機の背景的要因となったグローバルインバランス(世界経済の不均衡)の解消だと考えている。アジア、特に中国が米国の経常赤字をファイナンスする構図は維持可能ではない。米国の過剰消費は改め、その一方で中国は社会保険や教育のセーフティネットを整備し消費を喚起しなければならない。その意味で、先のG20の声明が、不均衡解消の必要性に言及したことは正しい。後は、特に米国と中国が想像力を駆使して対策を考え、実際に行動を起こすことだ。最悪のシナリオは、今回の危機を一過性の地震と捉え、壁から落ちた絵や倒れた家具を元に戻せば大丈夫といった自己暗示にかかって、変化を先延ばしすることだ。

―ところで、先ほど、債務危機が今後懸念される国に日本を含めなかったが、OECDによれば、日本政府の粗債務残高は2010年にGDP比で200%、純債務でも同100%にまで悪化する見通しだ。1400兆円の個人金融資産があるとはいえ、少子高齢化が急速に進んでいることを考えると、財政の持続可能性に関してとても楽観できる状況にはない。

 言及しなかっただけで、長期的に見れば、もちろん、欧米諸国同様に債務危機に陥る可能性はある。少子高齢化や人口減少の速度を考えれば、この水準の債務をいつまでも抱えていられるものではない。

 この点については、日本政府に対して二つのアドバイスをしたい。ひとつは、国債の満期構成を長期化させることだ。繰り返すが、危機は来る。短期金利が実質ゼロだからといって、短期でつなぐ誘惑に負けてはならない。たとえ高くついたり、一時的に財政赤字の拡大を招いたとしても、満期構成の長期化は危機の第二波に対する安い保険となる。

 第二に、2%程度のインフレを目指すべきだ。債権者に下落した通貨価値での返済を押しつけるインフレは、債務問題のフェアな解決法とは言えないが、債務負担を軽減させる有効な手段であることは明らかだ。

日本銀行は素晴らしいリサーチスタッフを抱え、総裁は聡明であり、とてもプロフェッショナルな組織だが、ことインフレについてはスタンスを改めるべきだと思う。いまや、米国のFRB(連邦準備制度理事会)の中からでさえ、3~4%のインフレを目指すべきとの声が聞かれる。日本も、インフレターゲットでも、日本流のオリジナルバージョンでもいいから、早く発想を切り替えるべきだろう。

―債務負担圧縮の視点はさておき、成長戦略の面ではアドバイスはないか。

 まず、日本経済がなぜ今のような停滞に陥ったのか、もう一度きちんと考えるところから始めるべきだろう。金融危機のせいにするのは簡単だが、それは間違いだ。

 私は、大きな原因のひとつは、中国の成長をうまく生かせなかった点にあると思う。それどころか、中国の台頭で、世界経済における日本のグラビティ(引力)が下がってしまった。要するに、新たに中国を中心に加えて回りだした世界経済において、日本は敗者となってしまっているのである。

 むろん、人口減少問題を解決すること。これは何にもまして喫緊の課題だ。アウトサイダーの私が言うのもなんだが、女性が子供を産みたくなるような、そして移民が受け入れられ、定住したくなるような社会づくりを急がなければならない。政府はそのために何をすべきかもっと想像力を働かせるべきだし、国民も、たとえば移民問題について、どこまでが許容でき、どこからが無理なのか、もっと突っ込んで議論すべきだろう。ただ、同時に、中国の経済成長からもっとポジティブなベネフィットが得られるように、とにかく知恵を働かせなければならない。

 アジア通貨統合に向けて中国と共同でイニシアティブを取るのも一計だろう。独仏が第二次大戦後の欧州経済統合に向けた取り組みから得た成果は計り知れないほど大きい。日中が同じことを目指せるならば、政治的にも大きな前進となるし、両国の経済関係は劇的に深化する。グローバルインバランス解消にも貢献しうる。

 日本に限ったことではないが、低所得者層に金をバラまくだけではない、こうした発想をアクションに結びつけて初めて、「今回は違う」という主張にも説得力が宿るのではないか。

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