2010年1月11日月曜日

金本位制の復活を予言した人 異色の民間エコノミスト、高橋靖夫氏逝く

以前若林氏に貶されていましたが、この大事な局面で高橋靖夫氏がお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

(転載)
異色の民間エコノミスト・高橋靖夫氏が12月20日午前10時、東京都渋谷区広尾の日赤医療センターで息を引き取った。遺作となった『金本位制復活! アメリカ復活のスーパーシナリオ』を上梓したのが11月末。その月25日、見本刷りができたと喜んで現れた表情には、今にして思えば、既にただならない様子が看取できた。

バブル崩壊の直前に不動産をすべて売り払う

 東洋経済新報社から出たことをことのほか喜んでいた。経済書の版元として老舗中の老舗から出版できたことは、氏にとっては、自身の仕事が正当な認知を得たことを意味した。人生の報奨だったろう。ほどなくして売れ行きの好調と、増刷の話がもたらされた。何よりの薬だと言っていた。
 独学、独行、独断の人だった。
 若くして貸しビル業に手を染め、都心や東中野に5棟まで増やした。
 これをすべて売り払い、現金化したのは、バブル経済が崩壊する直前のことだ。
 あたかも、「日米構造協議」が米ブッシュ(父)政権と日本との間で始まろうとしていた。日本経済には米国産品の浸透を阻む構造的障壁があるとして、米国はその撤廃を迫る圧力をかけようとしていた。
 ある日の新聞に、何が協議の問題とされ、取り上げられることになるのか列挙した記事を見出す。そこに「土地問題」の文字を認めた高橋氏は、バブル潰しの予兆を嗅ぎ取った。
 それを潮に、すべての不動産を売り切り、手仕舞いをした相場観の冴え――。のちに高橋氏を知ることになる友人の多くは、ここに異能の才を見出した。
 生涯、金(ゴールド)と貨幣について勉強し、たくさんの本を書きながら、金投資を自ら手がけた形跡はない。「手張りをすると目が曇る」からだと言っていた。
その方法とは、ある着想を強く思い念じ、裏づけとなる情報や側面支援材料を本と人脈によって集め、形をなし始めた仮説を、誰かをつかまえては開陳し、検証するやり方だった。筆者は、好んでつかまった一人だ。他人に聞かせることは、自らに信じ込ませ、言い聞かせるプロセスだったに違いない。

ドルの地位が地に落ち金が玉座に舞い戻る

 仮説とその検証、といえば学問的に過ぎる。氏はのちに世の中が外形規準でばかり人を見たがることを憤り、60過ぎてみごとに経済学博士号(埼玉大学)を手に入れるけれども、そのアプローチとは、もともと学問と親和性のないものである。学問が扱うのは既往の現実であるのに対し、氏は未来に起き得ることにしか興味がないからだった。
 米国はニクソン政権のとき、金ドルの交換を止めた。可能にしたのは、大統領命令という行政指揮権によってであった。
 それなら、米経済がいつか本当に行き詰まり、ドルの地位が地に落ちんとするまさにその刹那、同じ行政指揮権を逆向きに行使することによって、ドルを再び金と結び付けることができるのだし、米国は必ずそうしようとするに違いない。そのとき金は、人類史を通じ占めてきた玉座に立ち戻る。すなわち貨幣としての役割を取り戻す――。
 高橋氏が繰り返し世に問うたのは、こういう見方だった。
 初めに米国の衰退を予定する。下降曲線の「陰の極」で、米国は不死鳥さながら復活を遂げるとする仮説には、独特のダイナミズムがあり、そこが魅力だった。
 一方で米国の国力放散とその衰退を待ちつつ、他方に米国の復元力を深く信じようとする態度は、救世主の再臨を望むあまり災厄を多とする黙示録信者の心情にも似て、おのずと氏の米国観を屈折させた。
 氏は生涯、米国の動きに注意を怠らなかったけれども、その視線はそれゆえどこかやぶにらみの色合いを呈したのは、やむを得ざるところだったかと思う。友人に向ける視線はまっすぐで、トゲとも剣とも無縁だったが。
未来に起こるかもしれないこと、起きたとして驚くべきでないことを、材料を整え、いまから論理的に事前構成しておく。そこにこそ価値ある営為があると信じた高橋氏のやり方は、実をいうと石油会社のシェルなどが好んで使うシミュレーションの方法に近い。
 それを面白がるよりはキワモノ視しがちな風土にありながら、埼玉大学に、それでも学位をやろうという教授(奥山忠信氏)がいたことと、遺著となった上掲の本を出そうと決めた編集者が東洋経済にいたことは、まことに稀な幸運だったというほかない。

最も早く政治経済学が重要と認めた一人

 権力現象として説明のできない経済現象はないとするのが、高橋流アプローチの真骨頂だった。といってマルクシズムとはもとより無縁、スーザン・ストレンジなどに近い。「(タダの政治学でも、タダの経済学でもない)政治経済学」こそが重要だと認めた最も初期の人の一人と言ってよく、日本ではおよそ見向きもされなかった金の意味を、いちばん早くから考え続けた人である。
 あるいは高橋氏が、日本にヨガをもたらした中村天風生前最後の弟子だったことも、どこかで氏の考え方を規定していたのだろうか。そのあたりはわからない。米国の政治と経済について、ドルと金についてあれほど多弁だった氏は、興味がなかったせいだろうか、自分を語ることが少なかった。
 生涯独身を貫き、母親孝行に、それが崇高な使命でもあるごとくに尽くしていた高橋氏が残した遺族は、満州から一緒に生還したその老いた母ただ一人だ。「ちょっと長い海外出張に出てくる」と言って入院したとのことだったが、齢90を超し施設に暮らす母は葬儀をどう出しただろうか。だれか気のつく人がいて、真新しい新著を、棺に納めてくれただろうか。――合掌。

高橋靖夫氏 1943年東京生まれ。1967年慶応義塾大学法学部卒業。2005年埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了、経済学博士。財団法人21世紀教育の会副理事長。株式会社一柳アソシエイツ顧問。前上武大学教授。高校時代より中村天風氏に指導を受ける。40年前より、「石油、ドル、金の相関関係」を独自に分析し、「仮説的近未来予測」を始める。享年66歳。

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